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 珍しく機嫌の好い日もありました。何でもあの日は主任から係長に昇格したときだそうです。  週末、祝賀会か何かからほろ酔い気分で帰ってきたアイツは財布の中から一万円札を取りだして、 「小遣いだ。取っとけ」  と言いました。  この人にもこんな面があったのかと、その時は少し驚きました。 明くる日のことです。一晩たって酔いの醒めたアイツは、 「財布の中の一万円札が一枚足りない! 」  すごい剣幕で怒鳴り散らしはじめたのです。僕にオカネをやったことは忘れていても財布のなかの金額はちゃんと憶えているのです。「オマエだろ! 」  昨日の夜、傍で一部始終を見ていたはずの母親も何も言ってくれませんでした。  僕は殴られて顔がタテよりもヨコに長くなりました。いくら丸顔だ、といってもあんまりです。  あのときの鼻血の味は一生忘れることはないでしょう。  母親が家を出たのはそれからしばらくしてでした。ツリーやイルミネーションがとてもきれいだったから確かクリスマスの頃だと思います。僕は母親を自転車の後ろに乗せて駅まで送りました。母親は、かつて母親であったアイツは妙に着飾り、ウキウキしているのが子供の私にもわかりました。 「短大の同窓会」  という言葉をバカなことに僕は信じていました。駅につくと珍しく、ふだんは食べるものさえ満足に与えられていなかった僕にイチゴのショートケーキを買ってくれました。口の回りをクリームだらけにして食べたあのケーキの味は生涯忘れることはないでしょう。  ふわふわの白いクリームに赤いイチゴがポツンとのったショートケーキ。宝石のようでした。  それ以来、母と会ったことはありません。男とどこかへ行ったんでしょう。小学校五年のときでした。  僕は父と二人きりか、父の連れてきた知らない男と三人で過ごすことがほとんどになりました。父が連れて来た男は僕の上にかぶさって  、終わると、父にオカネを払ってました。  家にはできるだけ帰りたくないので学校の図書館で時間をつぶしました。放課後ひとりでいろんな本を読みました。  なかでも面白かったのがオオカミに育てられた少女のお話です。インドのジャングルで五歳までオオカミに育てられた少女は、その後人間の手で育てられてもオオカミのように行動したそうです。 アイツに育てられている僕は将来まともな大人になれるんだろうか、とか、あんなヤツに育てられるくらいなら僕もオオカミに育てられた方がましだ、とかいろんなことを考えました。  マンガではタイガーマスクが好きでした。孤児院で育てられた主人公が活躍するんです。  俺も孤児院で生まれたらどんなによかったろう。どんなにましだろう。  そんなことを考えていました。 blog